
5月の連休前はそれなりに仕事が忙しい。
早く仕事がひと段落し、そして早く民族大移動の時期が終わってくれないかと、
ひたすら待つ。イライラしながら。
芽吹いているであろう緑が恋しく、一刻も早く温泉に行きたいという思いが募る…
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そのイライラの間に時々想念がよぎる。
私は温泉に行ったからといって、なぜレポートを送っているのだろうか…
もしかすると… 惰性?
もし惰性であるならば即刻やめるべきだ、などと考えながら仕事をしているときに
携帯が鳴った。
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人間は社会性のある生き物であるから、自分ひとりでは生きていけない。
否が応でも他者との関係の中で生きているわけでその電話も当然他者とのつながりの
うえでかかってくるわけである。
私は大昔、他人の倫理観は自分と同じではないということをしたたかに思い知らされた
ことがある。
その傷は時間とともに癒えたはずであったが、かかってきた電話の内容は、その古傷をえぐるような内容で、からだが震えるくらいのショックと痛みを覚えた。
懲りずに同じことを繰り返した自分自身の甘さに絶望感を感じ、その場に立っていられないほどであった。
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それなりに年はくったので日々の仕事と日常は何とかこなしたが、
家に帰って一旦腰をおろすと、二度と立ち上がれないような、
思わず涙がこみ上げて、繰り返し繰り返し自分の愚かさを責め続けるなんとも
やりきれない時間が続いた。
他人を許すことはできても、己を許すことは難しい。
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何とか立ち直らねば…
こんなことをいつまでも思い煩っていてもしかたない。
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奥湯河原の「加満田」を予約したのは、天気予報で連休最後の日曜が
傘マークだったからである。
これなら人出はあるまい…
私は、風のない、真っ直ぐに降る雨が好きである。
いっそ土砂降りならなお良い、そんな気分であった。
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2007年5月6日(日) 1人泊 @26000円(税抜き)
奥湯河原 加満田
http://www.kamata-oku.com/top/index.htm
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東海道本線快速アクティーで1時間半、
プラス1000円でグリーン車に乗ると2階建て、眺めも良くゆったりとしているが、
始発で座れたのでなんとなく旅情のない山手線のような電車に揺られる。
東京駅から湯河原まで1600円ちょっと。通勤列車である。
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駅からタクシーで10分ほど、あたりはあっという間に緑と川の流れの風景に
変わっていった。
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宿の前でタクシーの運転手さんが軽くクラクションを鳴らすと、ほとんど
やみかけている雨の中を傘を持って駆け下りてきてくれた笑顔の番頭さん。
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そして気が付くと傘の下に入って宿を見上げている自分が、そこにいた。
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年配のご主人に玄関のすぐ左手の部屋に案内されながら
「いい時にお越しくださいました。昨日までは大変な込みようで… 今日は静かで、
お風呂もお1人でお入りになれますよ。あいにくの雨ではございますが」
「雨は好きです」
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そしてお風呂に1人で入れるのは嬉しい。
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老舗の宿だからといってものものしいいでたちではなく、使い込まれた卓はあきらかに
長い年月を経たもので、調度品は贅沢なものでなし、座り心地はいいが別段高価とは
思えない椅子テーブル類がある、たいへん静かな部屋であった。
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庭の緑がさえざえと、ガラス戸をあけるとひんやりとした空気が流れてきて、
道の向こう、宿の駐車場のはずれの川音が聞こえる。
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やや立て付けが悪くなってきしむクローゼットの中に上着を掛け洗面台で手を洗い、
座卓に腰をおろして仲居さんが淹れてくれたお茶をゆっくりいただくと、からだが
ふうっと和らいでいくような満足感をおぼえた。
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部屋を出るときにドアをロックして閉めようとするが閉まらない。
そういえば先ほどご主人から
「ドアは思いっきり、バシャッと、こうやってバシャッと閉めてください」
と身振りをまじえて聞かされたことを思い出し、思いっきりバシャッとやってみた。
閉まった。
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音が廊下に大きく響き、ちょっとドギマギした。
が、今日はごくわずかの客しかいないようなので気にしないことにする。
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長い廊下をゆっくりゆっくりと歩いて露天に行く。
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雨に濡れた植物たちの匂いがする。
思わず大きなため息がもれた。
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お湯に入り、立ち昇る湯気を見ながら、その湯気の向こうに、命の再生の時季、新たに育った木々の若い葉が静かに揺れているのを見た。
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ここのところのつらかった時間を経て、こんな自然に接しこんなお風呂に入れることが
ひたすら嬉しかった。
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静かで天井が高く、換気扇はあるが使われていない
無音の内湯は、少し削られた木の縁から音もなく
お湯がこぼれていき、広々とその水鏡に映る木々の
鮮やかな緑に、入ることがためらわれるほどであった。
お湯はぬるめで心地よく、からだを伸ばすとそのまま
とろりと溶けていきそう… |
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つらい時間も楽しい時間も同じ刻であるはずなのに、涙を流す時間は悶々と続き、
楽しいひと時はやけに逃げ足が速い…
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しかし “ 時 ” はどんな思い出も癒してくれるものではあるのだ。
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夕食前、雨上がりの散歩に。
宿の駐車場のはずれにはアゲチ沢があり、この細い流れはすぐ先の
藤木川に入っていく。
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配膳をしながら「お1人でお寂しくないですか?テレビでもつけましょうか?」
と言ってくれる仲居さんの言葉に首を振って、先ほどご主人が
「開高健さんがたいへんお気に入りでした」という辛口の日本酒を口に運ぶ。
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極辛、味わいは小気味よく口の中に広がり、粗塩を肴にいってもいいくらいの、
酒好きだったら目じりが下がりそうである。
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海老やら牛やらの形が存在しない、しかし端正で品のある丁寧な料理は、
20年ぶりくらいで壊れた私の胃に優しくなめらかに入っていって、
ここのところ忘れていた味覚のありようを思い出した。
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固形燃料を使って卓上でジュウジュウブクブクいうようなものが一切ない
静けさのなかで、茗荷を噛むシャキッという音が響きその香りが鼻に抜け、
温かなお椀の中の鯉がほろほろと舌の上でとけていく。
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庭に生えた蕗で作った自家製のきゃら蕗を持って、女将さんが挨拶にみえた。
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深まる夕暮れの庭を眺めながら、しみじみお話できたことも心やすまる時間であった。
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量も私にとってはちょうどよく、なんとも満ち足りた思い、香りのよいご飯を
いただいてお食事が終わると、この間のジタバタしていた自分を許せるような
おおらかな気持ちになり
「ごちそうさま」という言葉が誰もいない部屋でゆっくり口をついて出た。
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仲居さんが滑りのいい雨戸をカラカラ閉めお布団を敷いてくれた後に、
目ざとくピルケースを見つけ「あら!お薬を飲んでいるんですか?」
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え? いや…まあ、ちょっと胃の薬で… もう飲まなくてもいいんですが…
などとモゴモゴ答え、そして、確かにもう飲まなくていいことを実感しながら、
ビワゼリーの初夏の味わいを楽しんだ。
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多くの作家に愛されてきた宿である。
書かれた小説のコピーが廊下にたくさん掛けられている。
読んだことのあるものもあれば、読んでいない小説の一節もある。
この宿の建物、この宿の人の経てきた時間と、それぞれの客の人生の時間が
ここで接点を結ぶとき、独特の心地よさがこの宿に出来すると私は思った。
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夜、細めに窓を開け、冷たい空気の流れを感じながら内湯に浸かる。
時折風に流れる湯気の中、伸ばした手足のその先に、思い出して一瞬痛みは走るが、
後悔と反省はもう充分! と、すでに立ち直っている自分自身の姿が見えた。
部屋の木造りの内湯も温泉で、寝る前にかけ流して入った。
温泉ブームの昨今、ほとんど話題にのぼらない湯河原のお湯である。
しかし入った瞬間ピリリと全身に走る刺激は、このお湯の力をありあり感じさせてくれる
ものだった。
明かりを消して風呂場の窓を開け、私は考える。
無理や我慢はできるだけせず、今後すべてのことに、よりベストを尽くそう。
そのうえで限りある人生、やりたいことをやり、見たいものを見、行きたい所に行こう。
分相応に。
パリッとひんやり、シーツの感蝕を足先に感じながら、さきほど内湯からあがって部屋に戻るときに出会ったご主人の
「今夜はぐっすりお休みになれますよ」という何気ない言葉を思い返し、
因幡の白兎がガマの穂にくるまれて眠ったときは、こんな気分であったのであろうか。
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朝の内湯は男女入れ替えとなって、もとからある小さめのお風呂に。
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こちらもまた湯気抜きの窓が開いた、静かに滔々とお湯の溢れるお風呂だった。
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息吹いている山の近さがとても気に入った。
そして思う。
この情報氾濫の世の中、温泉に行ける人たちは、行くことを前提にいかようにも
調べられる。
温泉と温泉宿に関して、私のレポートなんかより格段に優れて正確な情報は
綺羅星の如くあり、私がそれらの末尾に加わったところでなんになろう。
かつて私は自分の生涯の中で<温泉につかる>ということがあるとは思えなかった
時期に、テレビのコマーシャルに映し出された温泉の露天風呂を、羨望すらもなく
ただただそのゆらめく湯気を、見つめていたことがあった。
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その時々、それぞれの温泉で立ち昇る湯気の、その湯気を見ながら私はいままで
様々なことを考え、それらはレポートの中からそぎ落としてきた。
しかし私の伝えたいことはむしろそのそぎ落とした部分にこそあり、その部分を
これからは伝えていきたいと思う。
たいへん生意気ではあるが、何らかの事情で行きたくても行けない人たち、行くことの
叶わない人たちが、私の切り取った湯気の向こうに動いている今を、世界を、
今日涙を流したとえ明日涙を流すことになっても、それはけして同じものではなく変化
していて、そして流した涙に見合う喜びや静けさがいつか返ってくるであろうことを…
ほんのわずかでも感じてもらうことができたら…
そんな人が1人でもいたら…
私がメッセージを送ることには意味があり、それは私の喜びである。
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胃の存在感を感じない目覚めは素敵だった。
甘塩の温かな鯵の開きや、繊細に刻まれたタケノコ。
珍しく朝から、おいしいご飯をお替りしていただいてしまった。
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ほうじ茶を飲みながらくつろいでいると、玄関先で「じゃあ、どうも〜」というような
男性の声がする。
出入りの業者さん?
それにしては、来た気配がなし…
しかし宿泊客にしてはご主人の声があっさりしすぎている…
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部屋に請求書を持ってきてくれたご主人の言葉で、
声の主は「よくおひとりでお見えになる男のお客様」であることが分かった。
この宿には人を惹きつける深い魅力があるような気がした。
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チェックアウト後、散歩したいので荷物を預かってもらう。
女将さんの
「この道を登っていくとなんにもありませんけど、流れが堰になっていて気持ちいい
場所があります。ほんとにどうってことないですが… 私はとても好きです」
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その言葉からこの地を愛しいつくしんでいることが伺え、ほのぼのとしたものがこみ上げてきた。
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散歩のあと荷物を受け取り階段を降り、見上げて女将さんと目が合うと、
再度深々とお辞儀をして見送ってくださった。
10年後、20年後にもまた、同じ光景を味わいたいと思う。
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そしていつかある朝…
サバサバと去っていくあの男性の声を、再び聞くことがあるかもしれない。
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