私は都内からリムジンバス、母は千葉からリムジンバス。
お互い快適なバスに座ること1時間、羽田空港で落ち合えばバッチリじゃん!

 

東京湾岸のこんな風景を見ると、この国はいったいどこに向かっているのだろうか… と思う。

 

 

私たちの目指すのは小松空港。そして日本海。

冬の福井の、カニで有名なお宿…

番頭さんもおっかさん孝行した宿である。
ちょっと前に露天付きの部屋ができた。
HPを見ると、とってもよさそう!

 

羽田でなかなか母が来ないのよ〜 どうしたんだろ、いったい… いやな予感。
空弁なんか買って時間をつぶす。

なぜか不通になっていた母の携帯にやっと繋がると…

「もしもし!聞こえないわ!すごく人がいてうるさいの!どうすればいいの?
 どこにいるの?」

「落ち着いて!そこがどこなのか、その辺の何か書かれたものを読んでみて!
 バス乗り場、とか何番とか、手がかりになる看板とかあるでしょ?」

「え?よく聞こえないわ!読むの?えーっと、羽田空港…バス降車所8番、
 第2ターミナル…」

ぎゃーーーー!!! やっぱり!!!

 

母の電話をブチ切り、第1ターミナルの階段を駆け下りて無料の巡回バスに飛び乗った私は、搭乗30分前という厳しい現実を前にして心中穏やかでなかった。

バスは異常に人でごった返す第2ターミナルに着き、空港係員のお兄さんに誘導されて歩いてくる母を見つけると、お兄さんが神様に見えたの!

タクシーに飛び乗り「第1ターミナル、出発北ウイング!」

血相変えてる私にタクシーのお兄さんも慣れたもので「北の、どの辺?」

「いちばん端!」
1000円札渡して「お釣り要りません!」

タクシー降りるなり「お母さん! 走って!!」
母、うなずき「わかった!」

 

そのときは空港の混乱ぶりが何なのか分からず、とりあえず間に合って良かった!
という安堵感でいっぱい。

そして飛行機の最後尾、真ん中の座席に座ってシートベルトを締め、
母の「あら、窓際じゃないんだ」という言葉にムッとしたのであった…

 

ANAのコンピュータがシステムダウンして全便欠航、よりにもよって
パニックの第2ターミナルに間違えて降りた母をピックアップ、無事
予約したJAL便に搭乗できたのだということが分かったのは2日後であった。
たまたまJALをとっていたのもラッキーであったが。

 

機内で、買っておいた弁当を食べ1時間弱、空港から即、迎えのタクシーに乗り
なにはともあれ日本海!

 

 

 

2007年5月27(日)・28(月)日

2人泊 @29000円(シーズンオフ3000円引き料金)
1F 露天付き「おきのしま」

福井 三国温泉 望洋楼

http://www.bouyourou.co.jp/

 

 

着いたわ! 奇跡よ!!

今度から母にはキッズ用のGPS携帯持たせよう。

 

今回1階の角部屋「おきのしま」。

母に「まあ… こんな素敵なお部屋に… どうもありがとうございます」
などとかしこまってお礼なぞ言われると、落ち着かなくてモゾモゾしてしまう。

 

 

 

 

 

               

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、お母さん!露天よ露天!」

 

2人で眺めてちょっと感動…

 

う〜ん… あとのお楽しみね。

 

 

引き戸タイプの部屋入り口。
 

まずは大浴場に。 お風呂は男女入れ替えなしだそうである。

清潔感がある脱衣所。

え〜…… かなり狭い内湯。

あちゃ〜! ちっちゃ〜い!

網代の「平鶴」の半分くらいの、付け足しみたいな露天である。

水平線しか見えず、おまけに遮るものがないのですっごく眩しい。

 

「部屋のお風呂のほうがいいね、出ようか」などと話していると、
 年配の女性が入ってきて何となく3人で会話が始まった。

 

身を乗り出せば隣の旅館「若えびす」が見える。
あそこもなかなかいい建物である、露天がないが。
そのうち作るのではないだろうか。

 

西日がギラギラ眩しいので3人とも海に背を向け、階段もしくは内湯を
眺めながら話すこととなった。

大阪から車でご主人と2人、この宿は2回目でお食事が気に入っているとのこと、
明日は加賀の温泉だそうで、ご主人定年後悠々自適のご様子、羨ましい限りである。

 

フロント。

 

ラウンジからフロント方向。

 

サービスのコーヒー類。
 

目の前の海を見ながら。
 

こんな感じ。タバコぷか〜り。

 

部屋のお風呂のほうが絶対いいよね〜〜

 

カランもあるし。

 

母は「このお風呂だけでいいわ」
私もそうね。

 

6時はまだ明るい。

西日の長くのびた部屋でお食事。
真夏は多分クーラーが効かないほど暑いのではなかろうか。

 

早めにご飯に火を入れてもらう。

 

仲居さんに「お支度ができました」と言われて席に着くと、奇妙な違和感…
何か不自然な感じを覚えた。

食卓をしばらく眺めて、箸置きが天地逆に置かれていることに気づいた。
母のほうを見ると、母のも天地逆であった。

 

京の都と直結していることを伺わせる会席料理。

 

八寸。繊細な季節の彩り。

 

ごま豆腐。山葵が香る。

 

黒塗りのお椀の中の鮮やかな赤。

 

ふっくらと大きな梅。

 

  越前フグ。

 

お造りは鮪、がざ海老という、初めて食べる海老。
この海老の歯ごたえはすごいもので、ブリブリ感いっぱいでおいしい海老であった。

 

温燗をお願いする。

 

焼き物はノドグロ。

 

炊き合わせはメバル、筍、蕗。白子がなんともおいしい。

 

おしのぎは蟹の茶碗蒸し。とろりん。

 

酢の物は鯛昆布〆。

 

野菜と甘鯛の素揚げ。

 

ウロコがまるで花びらのよう。
熱いうちはパリパリと香ばしく冷めると固くなってしまうそうだ。

 

本日は夕日は見えない。
夕日目当てではないので別段がっかりもしないが、客のなかには見えないと
落胆する人も多いとのことである。

 

天地逆の箸置きは、お食事の間じゅう不協和音が鳴っているような感じであった。

そのことが、会席料理という日本料理の形式が、時間と空間を五感で楽しむ料理で
あることを逆説的に教えてくれた。

その土地のその部屋の空間で、流れる季節の時間、そして一日の時間、お料理が
運ばれてくる時間を、選ばれた器に腕の良い料理人が作ったお料理が盛られ、
それを目と鼻と耳と舌で楽しむ。
定められた位置に置かれた椀の蓋を開けた瞬間、目から作り手の声を聞き、
顔の見えない板さんと心の中で会話する…
仲居さんは、料理を供する側と供される側の橋渡しの重要な役である。
そしてその食事の空間を作る担い手でもある。

美しい形が定まるゆえに、それが形式となる。
たかが箸置き、ではなく、箸置きひとつ無作法な形に置かれれば、料理の味さえ
変えかねないのだった。

釜飯は蟹ご飯。赤だしと香の物。

 

デザートは3点盛り。
柚子シャーベット、桃ゼリー、メロンとカスタードをかけた苺。

 

潮騒を聞きながら、夜のお風呂に。

風が涼しく、いつまでも入っていられる…

 

朝は早よから風呂三昧!

 

どっぷり!

 

しあわせ〜

 

 

朝ご飯。

 

またしても仲居さんは、昨夜と違う形の箸置きを、天地逆に置いてくれた〜!母のも。

いろいろなおかずが種類多く並んで嬉しい。

 

出し巻きもいいお味である。
味は薄味だが、全体にやや甘めの味付けのよう。

 

フルーツトマトのフレッシュジュース。


 

出来たてのお豆腐。つけ汁がやや甘め。

 

福井のお米も本当においしい!
つやつやとした光り、口に広がる旨み、上等のお米が持っているふくよかな香り。

 

昨日残した桃ゼリーをツルンと。


 

その後ラウンジでコーヒーを。

 

碧い海を眺めながら。

 

お掃除の済んだ部屋に戻って…

 

で、再度どっぷりどっぷり。

 

午前中は日が当たらず眩しくなくて、遠くの水平線もよく見える。

 

直下に波が砕ける。

 

豪快に白く泡立つ波を見て、ふと実朝の

     「おほ海の磯もとどろによする浪われてくだけて裂けて散るかも」

という歌を思い出した。

私の視線の先で <われる><くだける><裂ける><散る>という4つの動詞が
連なった瞬間…
それはまるで、耳元で実朝にこの歌を詠まれたかのような不思議な気分だった。

なんとなく覚えていたこの歌を、いま初めて識ったのだと思った。

 


 

 

もののふとしてあまりに短い生涯を終えるより、歌人として言葉を磨き続ける日々をながらえたかったであろうに…
   
ちょっとセンチメンタルになっちまいました。

 

東尋坊に来たのだから、いちおう観光。

気乗りうすの母を観光船に乗せる。

 


 


 

少し揺れて、母、船酔いになる。

わたしらぜんぜん観光不向き。

正面「望洋楼」。

 

東尋坊タワーも行きたくないって。

アザミが咲いていて「私、アザミが好きなの」と言って大喜び。

 

早々と帰って女将さんが立ててくれたお抹茶をいただく。
「もう一組のお客様も女性ですので、本日は大きいお風呂のほうへ」

 

通常入れ替えなしのお風呂なんだから、入っておかねば!
母は「私は部屋のでいいわ」

広めの脱衣所。

 

内湯も広め。

 

内湯からの眺めもいい。

 

露天も女湯と比べて広い!

 

かつ眺めもいい!

 

屋根があるので日差しがさえぎられ、デッキチェアまである。
何で入れ替えにしないのかな〜?

これだと露天なしの部屋に夫婦で泊まった場合、男性は満足するだろうけど
女性はけっこう不満が残るんじゃないかな〜。

 

女性客が多そうなんだし…

もし風呂の入れ替えに多少手間がかかるとしても、いとわないで入れ替えに
するべきだと思うんですよね〜。
食事目当ての人だけじゃないと思うし…

 

観光もそこそこで飽きるかと思いきや…

2人で何時間でも黙って海を見ている。

 

「あ、鳥よ」とか…


「あ、船よ」とか…


 

「あら、竜巻?」とか言いながら。


 

そして風呂よ。


 

とかしていると夕食となる。

本日仲居さんが変わり、本日の仲居さんはおっとりした優しい口調の方で、
箸置きをまともな形に置いてくれてちょっとほっとした。

夏のはしりの、涼しげな虫かごの八寸。

 

漆の盆のうえに、初夏の風にのって運ばれてきたか。

 

本日板さんは、ミニチュアで遊び心。

 

先付けは、小さな小さな茄子、オクラ、カボチャ、里芋。そして蛸。吹き寄せ。

 

お椀は、潮汁。

 

ちっちゃな大根。


 

「昨日は夕日は見えませんでしたね… 本日はどうでしょうか… よく晴れていても
沈むあたりはいつもなぜか雲が出てしまうんですよ。土地のものでもなかなか
見られません」と、仲居さん、すでに慰めモード。

 

夕日、母も私もいっこうに気にせず、お造り。
母は鮑が苦手なので、鮑なし。

 

トロトロの雲丹いっちゃいま〜す!

 

次のお皿を持って入ってきた仲居さんが
「夕日が!ご覧になって、夕日が!」

小松基地に帰る自衛隊のジェット機の轟音と共に、雲間から輝く夕日。

きれいね〜

 

「日頃の行いがよろしいんですよ〜。よかったですね!」とヨイショされて母ご満悦。


 

「あ、冷めないうちにお召し上がりください。焼き物は甘鯛です」

夕日を見たり食べたり忙しい。
おまけに昨夜の焼き物の2倍以上の量で…

 

仲居さんも「私も久しぶりにこんな夕日を見ました」と言っているから、そうそう見られないようだ。

 

刻々と日は落ちて、あたりは茜色に染まる。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい夕日だったね〜」「ほんとね〜」
と言っているところにどーんと「鯛のアラ煮です」

 

アラ?! うそうそ、身ばっかり!

そして量もすごい…

 

「ここで獲れた毛蟹の酢の物です」  母も目がテン!!
最近はこの辺で毛蟹が獲れるんだそうな…

「こ、これが? 酢の物?」

「はい… ポン酢で…」 ちょっと笑っていた。

「初めに出してくれればいいのに… もうおなかいっぱいで食べられない…」
と嘆く母に無情にも「じゃあ残せば」と言い放つ。
だって自分の分で手一杯だもん。

母はその後、無言で決然と蟹をせせりだした。

 

 フグから揚げ。

 

新生姜の香りが爽やかな、ホタテ入り釜飯。

 

料理自慢の宿は、2泊するとすごくいい。

初日は決められたお料理だが、2泊目はその土地のその日のいい材料を使って、
型からはみ出した部分で板さんの心意気が伝わってくるものが出てくる。

デザートは、黒蜜かけのワラビ餅、抹茶アイスクリーム、フルーツ。

 

日が落ちると、暗くなった海にイカ釣り船のあかりが灯る。


 

今朝は波ひとつない穏やかな海である。

波がないと、岩場に派手な色のプラスチックの破片がゴロゴロ挟まっているのが見える。
ハングルや中国語が書かれたものがほとんどだそうである。

新幹線に座ると、座席のポケットにJRのショッピングと旅の冊子が入っている。
たいがいパラパラとめくってなんとなく元に戻す。

いつかパラパラやっていて、驚くべき地図を見た。

 

カルチャーショックとは、そうたびたび受けるものではないが、その衝撃は
私にとってかなりのものだった。
その雑誌の見開きページには、いつも見慣れている日本列島が逆さまに
なっていたのだ。
意識的に自国をこんな地図で見た記憶はかつてない。

海、というより、海峡、といったほうがいいくらいの狭い日本海。
大陸のすぐ上に美しく弧を描いて延びる日本列島の海岸線。
その弧の中央に、取っ手のように飛び出している能登半島。

朝鮮半島と九州は目と鼻の先、中国からも大変に近い…

 

この地図は…

たとえば遣唐使が荒海の岸辺に立ち、日本への望郷の念で涙しながら
思い描く地図であり、
高度な文化を携えて百済から日本に出発したときの地図であろうし、
そして多分、日本人拉致の謀議をする金日成の前に置かれていた地図
でもあるはずだ。

 

 

先日木の葉のような小船で<ニイガタ>を目指し、青森で救助された4人の
北朝鮮の親子もまた、この地図を見て国を捨てる決意をしたのであるまいか。

「もしかしたらこの日本海の海流に乗り、老朽化したエンジンが止まる前に、
ニイガタにたどり着けるかもしれない…」

この地図上の日本は、半島からそんな希望を抱かせる近さである。

 

 

命をかけて国を捨てるという決意…

横暴な独裁者が治めていようとも、飢えに苦しもうとも、故郷は故郷。唯一無二のもの。

生まれた山河、田畑、都市、言語、親戚縁者、すべてを捨てて親子は一艘の小船に
命を託し、船出したのだ… 
もし仮に自分がそうであったら… それは私の想像を超える。

 

 

あの一家にいま、笑顔がありますように。

 

 

 

 

 

中越の度重なる地震、海を越え風にのって押し寄せる黄砂、波が運んでくるプラスチック、 かつて獲れなかったはずの毛ガニが獲れ、毎年異常発生する越前クラゲ…

この地図を見つめていると私には、日本海は豊かで穏やかな海ではなく、なにかザワザワと胸騒ぎする、不穏な海峡に見えてくるのだ。

 


 

 

いまの首相が言っている「美しい国、日本」ってのも…


この国の明日はどうなるのか、神のみぞ知る。

 

「だからさお母さん、まだ美しい日本があるうちに、次は北海道に行っちゃおうよ」
「えー … また間違えるかもしれない」

 

「間違えてもいいように、次はANAとってあげるよ〜」