こうして私は秋晴れの爽やかな日に、神話と伝説の宝庫、神々の地… 
出雲空港に降り立った。
 

 

 

 

空港バスで30分、JR出雲市駅は閑散としており、1両編成の山陰線は中学生とおばあちゃんで
ほぼ埋まっていた。

各駅停車で40分ほど、大田市(おおだし)駅前は喫茶店もなく、1人でポツンとバスを待つ。

30分ほどでバスを降りると、乗客2人のバスは三瓶(さんべ)温泉に向かって走り去っていった。
 

 

ジーパン姿の、旅館の若女将というよりは、ごく普通の若い女性が車で迎えに来てくれている。

 

うっそうとした木々の深い谷あいを下ること10分ほど、ひらけた平地が見え、建物が見えた。

目の前は急な流れがあり、この細い川は三瓶川に注ぐ。

 

来た方向の一本道。

 

比較的新しい建物の後ろに、木造の建物が見える。

 

この建物の奥が湯小屋になっているようである。

 

そう、私はぬるいお湯に入りたかったのだ。

山陰の山の中、5室だけの小さなお宿。

2006年9月29日(金)

島根県大田市

小屋原温泉 熊谷旅館

TEL 0854−83−2101
1人泊@9075円

 

 

Small , Simple and Clean . の典型的な、2階の6畳間。

 

 

 

 

部屋にトイレがあるのがありがたい。
ウオームレットじゃないので、ヒヤッとするけど。

 

お饅頭、そして可愛い湯飲み茶碗である。
ぐい飲みくらいの大きさ。
あとで気がついたが、この土地の傾向のようである。

大ぶりの茶碗が好きな私は、おちょこみたいで少々戸惑う。

 

浴衣も丹前も歯ブラシもフェイスタオルもある。
しかし… バスタオルがなかった。

お風呂に行く前にフロントに声をかけると、若女将が出てきて

「バスタオルはないんです」

 

借りることはできないか聞いてみたら、この宿にはバスタオルが存在していないのであった。

しまった… 
なんか忘れたような気がしていたのだ…

う〜ん、ちょっと困るかも。
が、まあ郷に入ればなんとやら、でなんとかなるか〜

 

長い廊下に沿って4箇所の貸切のお風呂がある。

 

天井の梁。

 

来た方向。

 

窓の外の裏山。

紅葉するような植生ではない。
秋より新緑の季節のほうが美しいのではなかろうか。

 

4箇所のドアは内側から鍵がかかる。

 

シンプルな脱衣所から外方向。

1番手前のお風呂。

 

2番目。  ここが源泉に近くていい、との評判のようである。

湯船が小さいのと、その他もろもろの条件で付着物が多い。

 

 

どの浴槽にもお湯の蛇口があり、
「ぬるかったらお湯を出して温めてください」と言われたが、38度という温度は私にはかなり温かく感じる温度で、1度もお湯を入れることはなかった。

静かな、そして1人のお風呂を、時間制限もなく、ゆったりと楽しむ。

この、やや温かい人肌のお湯が… 
とても好き…

手足はすぐに明るい茶色に染まり、バスタオルが存在しないことが腑に落ちる。

3番目のお風呂。

 

4番目の浴槽は木造り。

 

 

何の変哲もなくあまり変わらないように見えるが、入ってみるとそれぞれの浴室ははっきりとした個性を持っていた。


… 音である。

 

湯口の微妙な高さの違い、流れ落ちるお湯の道筋、排水口に吸い込まれていく様相、それらが違うために
静かな浴室に響く音がすべて異なる。

 

1番目の浴室は、とてもとても静かだった。
湯口からほぼ水平に流れ込むお湯、それは縁をつたってゆるく流れ落ち、音もなく静かに流れ去っていく。

窓を開けると川音のほうが大きく響く。

2番目の小さな浴槽は、湯口からのお湯の音と排水口に吸い込まれる音がちょうど同じ大きさで、快く、まるでステレオのように聞こえた。

 

3番目の浴槽は、かけ流され溢れて排水口に吸い込まれる音がことのほか大きく、目をつぶって体を動かすと、流れ去るお湯の音に思わず目が開いてしまうくらいの激しさだった。

4番目の木の浴槽の湯口はやや高さがあり、静かに落ちる湯音が際立ち、すりへった木の浴槽の薄い縁から溢れたお湯は大きく広がりながら優しく流れていった。

 

ふと自分がどこに浸かっているか忘れるとき、これらの音に耳をそばだてると、何番目の浴槽にたゆたっているかを思い出すことができた。

 

味はビックリ! そして濃厚である。

甘しょっぱいシュワシュワ〜…

えっ? 塩羊羹食べながらガス入りミネラルウォーター飲んでる? みたいな…

 

 

 

 

 

炭酸泉なので、泡がつく。

温度の高い夏の日中など、当然もっと泡だらけであろう。

 

静かに湯船に浸かっていると、体の表面を秘めやかにひそやかに、小さな気泡がすべってゆく気配を感じる。

秋の薄い日差しの中で…

夕食は広間で。6時から。

本日、私のほかにはもう1組、食べながらも、のべつまくなししゃべる若奥さん、彼女のしゃべりの合間に何とか口を挟む機会を伺う若主人、2人におかまいなくしゃべり続ける3歳くらいの男の子。

 

風呂場ではカラオケ代わりに歌いまくる若奥さん。

「おお牧場は緑」「森の熊さん」「でんでんむし」「大きな栗の木の下で」「犬のおまわりさん」…… 
ずいぶん聞かせていただきました〜〜

歌のレパートリーがなくなると、子供と数を数えだした…
「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ…」 
その間、旦那はこの時とばかり、脇でひたすらしゃべりまくる…

 

 

あっ! 栗だ〜!

 

 

 

ほこっと柔らかく煮てあり、ほんのり甘い… そして渋皮もおいしくいただける。

 

 

 

 

電話で予約するときに「あの、お、そそそそばばは…」と思わずどもり、笑われてしまった。

ここはお蕎麦がおいしいといわれている宿なのである。

「大丈夫です、お蕎麦はお出します」

新蕎麦だと思ったら、10月に採れた蕎麦は2〜3カ月寝かせて、12〜1月ごろ一番おいしくなるんだそうで…

秋に東京の蕎麦屋に貼ってある「新蕎麦」のポスター、ありゃいったい何なの〜!!

打ちたて、茹でたてのお蕎麦は腰も粘りもあり、冷たく、歯ざわりよく、たいへんおいしかった。

しかし蕎麦つゆが私には甘すぎ、それが残念であった。

 

 

 

温かな天ぷら。

サツマイモ、紫蘇の実、茗荷、海老、しし唐、蕎麦粉の皮でアスパラを巻いたもの。

天つゆが見たことないほど薄い色であった。

 

 

 

車で30分で海、日本海の魚のおいしいお刺身。

コンニャクもシコシコ、なかなかいけます。

 

シジミかと思うくらい小さなアサリの赤ちゃんのお澄まし。

熱々、いいおだしが出ていて嬉しい。

 

「鍋にも蕎麦が入っています」と言われて開けてみると…

 

蕎麦粉を薄く伸ばしたもの。

鶏肉、キノコ類が入っていて、おいしいがかなり甘めの味付け。

私には充分すぎる量のおいしいお食事であった。

 

お食事のお給仕も、食事の間に布団を敷いてくれるのも、若女将。

1人で切り盛りしているかのようである。

毛布の上に掛け布団… 

もちろん夜はしんしんと窓のほうから冷気がくるが…

あまりに重いので掛け布団をはいで寝た。しかしそれでも重かった。

敷布団はかなり薄くちょっとつらかったが、蕎麦殻の低い枕がちょうどよく、なんとかなったかな〜

 

ぬるいので子供でも何時間でも入れる。

おしゃべり一家が去ると風呂場には静けさが戻ってきて、夜のしじまの中で時の経つのを忘れた。

 

まるで自分自身が指先から染み出し、体から流れ出して、
そしてお湯と同化し…
後に残った私の抜け殻が、脱ぎ捨てたストッキングのように排水口に絡みつき取り残されているような…

錯覚に陥った。

 

きれいに掃除された朝の風呂場の乾いた床。

色すでに褪せ淡くにび色に染まり、もはや風景の一部となったプラスチックの桶。

 

朝はゆっくりお風呂に入りたいので朝食を断り、お握りを作っておいてもらう。

 

「飯? 風呂? どっち?」
           と聞かれれば、

迷わず「風呂!風呂〜!!」である。

ふと気づけば、堆積物の形に合わせ一分の隙もなく張られた板壁。

昨日今日の若造の仕事ではなく、おそらくは腕の確かな棟梁の、このこまやかな仕事ぶり。
 

 

木造りの風呂場は手入れも大変だろうけれど、いい温泉といい風呂場を維持するために、技を惜しまず心を砕く人がこの地にまだ残っていることが伺える。


 

小さな、木の石鹸置き。

同じ棟梁の手仕事か…
そんなほのぼのしたことを思い描きながら、心ゆくまで朝のお風呂を楽しむことができた。

何時間も過ごさせてくれた小さな4箇所のお風呂はそれぞれにいとおしく…
そして… 立ち去り難かった。

1人泊は平日1泊のみなので、今日は去らねばならない…
 


 

これから三瓶温泉の国民宿舎「さんべ荘」で個室休憩してお風呂に入ってから、本日の宿に向かうつもりである。

若女将が「さんべ荘」まで車で送りましょうと申し出てくださった。
午前10時。バス便があまりなく、車でないと移動はかなり難しい。

車中から三瓶山。なだらかな平原の中にある。きれいな形の山である。

確か神話では、神様がこの山に縄かなんかを引っ掛けたんじゃなかったっけ…
突然思い出した。しかしなぜ縄を掛けたかは、思い出さなかった…
 

 

過ぎてゆく風景の説明を一生懸命にしてくれる、運転席の若い女性の言葉に隣でうなずきながら、彼女はこの過疎の山の中の温泉宿を、いつから継ぐ決心をしたのであろうか、と思った。

華やかさや便利さに憧れることはなかったか…


人はあきらめたり受け入れたりすることが、できないこともあるから。

 

国民宿舎に部屋を取り、作ってもらったお握りを1つ食べた。

梅干が入った艶やかな新米のおいしいおむすび…


誰が握ってくれたのであろう。