2006年3月31日(金)

長岡 蓬平温泉 和泉屋
http://www.yomogi-izumiya.com/

のんびり小町パック 2人泊 @27000円




長岡の奥座敷、蓬平温泉は3軒の旅館がある小さな温泉郷である。

「のんびり小町」のパンフレットには、そのうちの1軒<和泉屋>が載っている。
その写真の風呂は私には全然魅力がなくて、長岡から車で20分の地の利、お米もお魚もおいしいはずだけれど、行ってみたいとは思わなかった。

私にとって蓬平温泉が気になりだしたのは、中越地震の直後からである。

“山古志村”に通じる道の途中にあるこの小さな温泉郷が、道路の崩壊のため完全に孤立し、人々は救助を待っているとの報道があった。

しばらくの間はその後の報道がされたが、山古志村の村長も国会議員となり、災害を受けた人々も仮設住宅に入居し、日々度肝を抜くニュースばかり続けば、当然取り上げられることもなくなっていく。

「蓬平温泉旅館、廃業か」という文字を目にしたとき、なんだかとても寂しかった。
行こうとは思わなかったけれど、歴史ある温泉地、あの地震で廃業…
あまりにも悲しい…

3軒の宿のHPは、使えないままUPされていた。

去年の春ごろ旅館再開ということを耳にし、「福引屋」「和泉屋」の2軒の宿が相次いで営業を始めたのを知り、大変嬉しく思った。

「和泉屋」のHPは手作りらしく、操作性がたいへん悪くてもどかしい。
しかしリニューアルされたHPの、改造されたお風呂の写真を見たとき私は「おや?」と思った。

以前あった樽風呂と、逆立ちしても入りたくないような星型の風呂が、シンプルな長方形の木造りの露天となり、板で半分目隠ししてある。

「この宿は… 努力する宿かも… 」

そして思った。
この宿に泊まって「がんばってくださいね!」と言おう。

しばらく母を連れて行ってないし…
 

 

長岡で1時30分に迎えのワゴン車に乗る。

私たちだけ。

東京の桜は満開になっていたが、ここ2日間雪が降ったとのことで真っ白。

運転手さんが「道路の都合で山古志経由でまいります」
深く考えもせずに「はい」と答える。

 

信濃川沿いから山のほうへ、道路規制の細い道を登りだすと、川にせり出した岩山を見やりながら運転手さんが
「あの岩のところが… 男の子が助かったところです」
ああ… お母さんとお姉ちゃんが亡くなった車の中で、奇跡的に生きていて助けられたあの男の子…

母が「あの坊やね。もう大きくなったでしょうね」

何を話したらいいのだろう。

運転手さんだっておそらくあの地震を体験されただろう。

心の傷は癒えていないはずだ。

私は言葉を失い、黙って窓の外を眺めていた。

 

通る車はトラック、重機。

まれに地元の車が。

雪に覆われて隠れてはいるが、それでも地震の爪あとは凄まじく、細い道の両脇の崩れた山肌、根こそぎ滑り落ちた大木がそのまま残っていて鳥肌立つ。

そんな現場で、降り始めた雪の中、
懸命に復旧と補修の工事を続けている人々…

 

運転手さんが再び口を開く。

「このあたりの家はいま誰も住んでいません。まだみんな仮設住宅です。何世帯かは帰ってきたけど…」

そう、仮設住宅に入った、というニュースは記憶している。

でも家に戻れたというニュースの記憶はない。

打ち付けられた窓ガラス、雪の重みに耐えてかしいだ家… 誰も住んでいない悲しい家…

通常ならば長岡から20分ほどの送迎、とのことだったが、1時間かかった。

想像以上の厳しい現実を目の当たりにして、私はかなりショックを受けた。

 

お宿に着くと「いらっしゃいませ」の前に
スタッフが口々に「長時間お疲れさまでした、申し訳ありません」

若いお嬢さんに部屋に案内される途中でも
「本当に申し訳ありませんでした。4月になれば長岡から20分で来られるんですけど…」

確かに20分が1時間になったのは予想外だったけれど、疲れるほど車に乗っていたわけではないし、
乗っている時間が40分延びて疲れてしまうようだったら、旅行なんてしないほうがいい。

それよりも私は期せずして“山古志村”のいま、を見ることができて、それは貴重な体験であった。

 

 

 

 

 

5階。

12畳、椅子・テーブル付きのお部屋。

 

やっぱり椅子・テーブルがあるのはすごくラクである。

ラブチェアが2脚なのでゆったり、とてもいい。

 

雪景色。

目の下に青い重機がある。

細い川が流れていてかすかに川音が聞こえる。

窓正面右の端の建物が、やはり去年再開した「福引屋」。

 

もう一方の窓。こちらも開放感に溢れていて、角部屋で雪景色満喫。

さきほどちらついていた雪が、どんどん降ってくる。

越後湯沢以降、大幅に方針転換した
母は
「すごいわね〜 今年最後の雪見風呂ね〜」などと言っている。

 

部屋の玄関の先に2畳ほどの小上がり、お茶セットと冷蔵庫。

 

すぐにお湯が出る綺麗な洗面、左に浴室。

 

たっぷりとした木造りの浴槽。

温泉かどうかは聞かなかったが、お風呂は午前0時までなので、夜中に入ってみました。

充分に足が伸ばせる大きさ。

柔らかな木の感触。

なかなか良かったです。

 

浴室の窓。

開けることができるので、夜の静かでひんやりした空気を楽しみながら入れました。

 

ちょっとクラシックな薫り漂う廊下。

 

3階と4階にお風呂がある。

昼間は4階が男湯、朝5時に入れ替わる。

4階のお茶コーナー。

茶釜には無料の野草茶が。

左手と、右手階段下に風呂。

 

階段脇のマニキュアセット。

 

この時間の女湯2箇所、「月の湯」「星の湯」の、「星の湯」入り口。

「星の湯」内湯。  貸切状態。

 

 

洗い場、からん。

 

露天方向。

 

改造された「星の湯」露天。

お湯は適温。

つるつる、を通り越してぬるぬるのお湯で母と驚く。

そうとうアルカリ度高そう。

においはほとんどなく、飲んでみると無味、最後にかすかな苦み。

 

吹雪とは言わぬまでも、かなりの雪が降っている。

朝、満開の桜を見たのが夢のよう… 時間が巻き戻ってしまったかのようで…

見下ろすと山古志から続く道が通っている。

車も通れば、もちろん人も通るだろう。
当然目隠しも必要、そして雪深い土地でどうしたら露天の景色を楽しんでもらえるか…

 

そんな試行錯誤の末にできたお風呂だと思う。

努力が伺えることが嬉しい。

どのくらいぬるぬるのお湯かというと、露天から上がる母に手を貸そうと、つかんだ瞬間
「あっ!」 「あっ!」
つるっと滑ってお互い思わず声が出たくらいのお湯でした。

成分表にはpH9.3とあり。

 

「月の湯」入り口。

 

内湯。

ここのお湯はぜんぜんぬるぬるしなかった。

循環のせいかも。

広々して気持ちよい。

ここも貸切状態。

 

外の露天方向。

晴れていれば木々がはっきり見えると思う。

 

引きがないので、露天の全貌が撮れず… 

岩を高く組んだ左の上からお湯が溢れて流れてくる。

冷鉱泉なので沸かしてかけ流しらしい。

ぬるめでたいへん気持ちがいい。

そしてここもぬるぬる。

岩の向こうに山の木々が。

しんしんと雪。

 

湯気が温かいせいなのか、
湯口の上のほうで、チッチッチ… チチチ… と、いつまでも鳴いていたが、

突然垂直に落下し(というふうに見えた)、ズボッと雪に埋もれ(というふうに見えた)、

ええーっ!! そ、遭難??

ぬるぬるのお湯で裸でレスキュー?! どーしよう…

ちょっと心配としたが、冷静に考えれば、野生の鳥が落下したり埋もれたりすることはないだろう。

無視!

 

このお風呂はたぶん昔から変わっていないのだろう。

とても好きになってしまった。

 

「浮いているのは湯の花です」と書いてあるが、いくら探してもそれらしきものは見当たらなかった。

お食事は3階の個室のお食事処で。

 

セッティングされたテーブル。 お品書きはない。

 

 

お釜に火をつけてくれる。

楽しみである。

コシヒカリのご飯〜!

 

先付け
 

右上、野沢菜と似ているが、もっと茎が太く、葉が大きい。
柔らかく炒め煮にしてあり、薄味でおいしい。
細い鷹の爪が味のアクセントに。
お給仕してくださるお嬢さんに伺うと
「×××(忘れました…)といって、塩漬けにしたものを、塩出ししてから調理します」
保存食なのだ。
色鮮やかに、丁寧に塩出しされたっぷりと出汁を含んで柔らかであった。

右下、きのこと山菜の白和えの甘みと、イクラの塩味がとてもよく合う。

左上、またも「この山菜は?」
「それは×××で、かるく塩茹でしています」
サクサクした茎の歯ざわりも良く、初めて聞く名前だった。

左下、山芋にふき味噌のせ。ふきの香り高い。

真ん中の甘エビ、添えてあるライムを搾ると、独特の爽やかな香りが広がり、エビが口の中でがいきいきとする。
 

 

越後餅豚の豆乳鍋。

たくさんの野菜の甘み、豚の脂身はぜんぜんしつこくなくむしろあっさりとおいしく、生のきくらげがコリコリ。

 

ローストビーフ。

3種類のソースが載っている。

母が「まあ、なんておいしいトマト!」
ベビーリーフもおいしい。

 

中心にフキノトウが入っていた!

驚きながら、ほろ苦く爽やかな春の気配を楽しんだ。

あとの2個にも違う山菜が巻かれていて、3種類のソースと共に、心づくしを味わった。

 

お蕎麦を食べてしまうと、おいしいご飯が食べられない…
が、誘惑に負けて、食べてしまった…

 

のっぺい汁。

油揚げ、八つ頭、ニンジン、シイタケ、ゴボウなどがほっくりと薄味で柔らかく、ほんのり甘口の汁を、コゴミのきゅっとしたかすかな苦みが引き締める。

 

食前酒は梅酒。

昔自宅で作った梅酒の味。

しゃびしゃびでない、濃い、しっかりとした梅のかおりと味。

酢の物は東北でよく出される紫の菊。

優しい酢加減で、下のキノコの煮物が、単調になりがちな酢の物の小鉢に変化を与えている。

背伸びせず、心を込めて土地のものを使っている姿勢が、とても素直に受け止められ好感が持てる。

 

鮮度のあかしのように、切り口がギラリと金属のように輝くマグロのお刺身は、お刺身好きの母に進呈。

イカは甘く柔らかく、鯛には独特の香りがあり、ブリは、下に敷かれた腹の部分、鮮度が落ちると脂くさくて手が出ない部分が抜群においしい。

 

 

そしてそして〜待ちに待ったご飯が炊き上がり… もう母と狂喜乱舞である!

と、そこに明るい女将さんが挨拶に見えた。

「山古志経由で長時間の車、申し訳ありません」と、のっけから平謝りである。

私たちは全然気にしていませんから、と言うと
「みなさんとても不機嫌になって車から降りてこられるので」とのことである。

ふ〜ん… 
そんなに不機嫌になるのか〜

HPには「あの元気な女将さんが病気に…」と書かれていたので
「お元気になられたのですか?よかったですね」と言ったら
「私の下に双子の妹がいまして、そのひとりが…」
女将さんが3人いるのだ。

妹さんが度重なる余震の恐怖、地震の後遺症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、まだ回復していないのだという。

女将さんはあっけらかんと、しかし壮絶に、コンクリートがバリバリと音をたてて崩れていく様子を手振り身振りを交えて語ってくれた。

母は食べるのをやめて呆然と聞き入り、私はご飯が冷めてしまうのはいやなので食べながら聞き入り、ほんのりとしたオコゲなぞをしみじみと味わいながら
「ありがたいことに温泉は以前にも増して湧いております」という言葉に安堵した。

「まだ完全に復旧するまでには時間がかかるでしょうけど、どうぞがんばってくださいね」
「ありがとうございます。4月には道路もつながります。長岡から20分で来られるよう工事の人も一生懸命やってくれてます。これに懲りず、ぜひまたお越しください」

懲りてないってば〜 …

 

小さな柔らかい筍を口に入れてかみしめる…

タケノコ〜タケノコ〜タケノコ〜 
サクリッ サクリッ サクリッ

 

お味噌汁の中には、切り昆布のような、しかし食感が違うものが入っている。
「お母さん、これ何だろう?」「分からない。けど、おいしい」

 

 

 

 

 

 

ゴマ油の香りの、中華風のお魚。

「これ、何の魚って言ってた?」「分からない。おいしいね、もう入らない…」

聞いた端から、うま〜いうま〜いで忘れていくばか親子でありました。

 

ついにもう入りません!という状態のときに朴葉焼き。

キノコ類の下に、鮭と香りのよいお味噌が。

 

ああ〜! 食べた〜! おいしいご飯だった〜! お米がうま〜い!うま〜い!

デザートはとても入らず、お部屋に持ってきてもらいました。


 

朝起きて…

「ねえ、背中痛くなかった?」
母、うなずく。
「痛かったわ。いまどき敷布団1枚って、珍しいね」

昨夜、横になってみたらお布団がとても薄く、母が寝ていたからあきらめたが、起き上がって押入れにあるはずの敷布団をもう1枚敷きたかった。

50年前なら普通だろうけど、ちょっとこれは何とかしてほしい。
敷布団1枚がダメ!というのではない。
別所温泉の「花屋」はマットレス1枚であったが、ほどよい硬さでたいへん快適に眠れた。

設備もサービスもたいへん良い宿である。
あまりに残念なのでアンケート用紙に書いてきました。
 

 

入れ替えになったお風呂へ。

4階の「風の湯」。

こちらは新しい。

 

お風呂の洗面台。

床は大理石で、床暖房になっていて温か。

どの脱衣所もお掃除が行き届き、清潔。

 

そしてどの脱衣所にも必ず個室のドレッサーがある。

内湯。  この内湯はぬるぬる感あり。

 


 

内湯の向こう、2箇所の露天。
雪深いところである。
見てのとおり、ガッチリした柱と屋根、でもできる限り開放感を持たせようと、大きなガラス窓。
 

 

小さな露天。

建物の窓から見えるので、周りは囲ってある。

天井の屋根は強化ガラスになっていて、雪が溶ければ圧迫感がないようにしてあった。

 

湯口。


 

「のんびり小町」の写真にあった寝湯。
ここも引きがないので、お風呂全体の写真が撮れない。

「入りたくない風呂」などと思っていた私は、ちょっと恥ずかしかった。
小さいけれど、山の景色に囲まれて、気持ちのよいお風呂なのだ。
 


 

立ち上がると山々の連なりと、細い道路が見える。
この豪雪地帯で、努力している宿なのだ、ということを改めて実感した。
 

 

昨日と打って変わって春めいた景色、爽やかな空気を味わいながら、誰もいないつるつるのお湯にのんびり、うらうらと入っておりました。

 

1階お土産コーナー奥は、明るい日差しのラウンジ。

 

朝食はその奥の会場で、バイキング形式。

私たちが行ったのは8時半。

9時に終了だから最後のほう。

 

お食事が終了した会場。


 

 

終わりのころなのにどのおかずもたっぷりとあり、焼き魚も3種類、温か。

私はハタハタをいただきました。

手抜きせず丁寧に作られ、ご飯は果てしなくおいしく!お替わりしました。

様々なお惣菜、数多くの漬物、湯豆腐やトロロ、温泉卵や出し巻き、一口ずつでも全部はいただけません。

どの野菜も新鮮でたいへんおいしく、ご飯のお給仕をしてくださる女将さんは
「近所の農家の人は、農協に運ぶ前にまずうちに届けてくれるんですよ」

山あいの人々の、温かなつながりで成り立つ素敵な朝ご飯…

ジュースやミルクもたっぷり置かれていたが… 無理!

 

 

12時のチェックアウトまで、ラウンジでコーヒーをいただく。
連泊の客がのんびりと新聞に目を通している。

 

 

 

 

 

売店にあった<コシヒカリ>を、知人に送るので宅配を頼んだ。

「この道路の状況なので… 2〜3日かかるかもしれませんが…」

腐るものじゃないのでぜんぜん平気。

大変なんだな〜

 

本日はマイクロバス。

土曜なので、きっと長岡から大勢お客さんが乗って来るのだろう。

「申し訳ありません。また山古志経由です。お気をつけて」
元気な女将さんに見送られ、バスに乗る。

幸い1時間半のゆとりをもって長岡からの新幹線を予約していたが、この状態だと乗り遅れる人だって出てきかねない。

JRビューカウンターのお姉さんはこの事実を把握してはいなかった。

HPには通行止めで迂回と書いてあったが時間の明記はなく、不機嫌になるくらいならいいが、40分の遅れで支障をきたす事だってあるのだから。

とはいえ、そろそろ工事も終わって、長岡から20分で行けるようになっていることでしょう。

 

 

巻き戻ってしまった時計が、グルグルと急激に回転し始め…

 

一気に春に戻って行きます。

 

上野の桜は満開です。

 

 

 

 

 

 

 

 

山古志村を後にして、信濃川沿いに走る宿のバスの窓から振り返り、私はあの小さな坊やが救出された瓦礫の岩肌を見つめた。

もちろん多くの善意の手が差し伸べられ、今も復旧の工事の人が懸命に働いている。

しかし目に見える傷跡はたいへん深く、目に見えない心の傷ははかり知れなく、
そして自宅に帰れない人がたくさんいて、そんな地域の人たちが肩を寄せ合って生活しているのだ。

3軒目の旅館「よもやま館」もまた、一日も早く再開されますよう…

お宿の宣伝などするつもりは毛頭ない。

しかし心ある皆さん、あの災害にもめげずがんばってる人たち、そしてお宿がありますよ!

ぬるぬるの素敵なお湯、おいしいお魚と山菜、そしておいしいお米が食べたくなったら…

とりわけ、布団の薄さなど気にならない背中のお肉が厚くて丈夫な皆さん!

思い出してあげてくださいね〜